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息子と大学の話しをしていて荒木くん(仮名)のことを思い出した話し

高3になる受験生の息子と話している話題で、昔の大学時代の話しをたまにする。「大学は面白いぞ、絶対に行ったほうがいいぞ。」てなことを話している。

今回は、息子には実習、実験、レポートの話しをした。その話しの中で思い出したのは、大学同期の荒木くん(仮名)の話し。息子には、この話しはとてもウケた。

荒木くんは二浪で、見た目からおじさんと呼ばれていた。

彼は学科での成績は2番でとっても優秀と思いきや・・・。

みんなで実験レポートを書いていると、書き上げたおしまいの方で彼は突然やってくる。

「それ見せて。」

おもむろにみんなのレポートを持っていき、購買部でコピーしてくる。そして、自分のレポートとして仕上げていくという特技を持っているのである。だけど、荒木くんは面倒くさい要素がとても強く、自分らに降りかかってくるので誰も何も言わない。

荒木くんと実験と実習の同じグループになると戦力マイナス1となる。誰も彼とは同じグループにはなりたがらないのある。同じグループになったときにはハズレとなる。

彼は試験のときは、みんながまとめたノートをコピーしていく。しかも試験のカンニングのためのカンペを完璧に用意する。おかげで試験の結果はつねに上位となる。

あるとき、これを見かねたいつも酔っ払って見える愉快な井戸くん(仮名)がとうとう頭に来て、「お前、もう許せないんだよ! そういうところが嫌いなんだよ!」と声を上げた。ほぼ荒木くんのことを諦めていた自分らの代弁をしてくれた。しかし、それでも荒木くんはそのままだった。それから荒木くんと井戸くんは疎遠になった。井戸くんは、荒木くんを避けるようになって、希望していた研究室もやめて、わざわざ違う研究室にしたくらいだった。

自分は荒木くんと同じ研究室に入ったけど、以上の理由で誰も同じ卒論のペアになりたくないのである 。結局は彼は成績順で研究室のメインの研究テーマに割り当てられたのである。だけど、運のよいことにメインのテーマなので人数は1人多い3人だった。おかげで他の2人が頑張って卒論を完成したのであった。

自分はいうと、大学4年のときに大学院を目指すようなる。研究室の担当教授からは、今の成績だったら大丈夫と太鼓判を押されていた。ある日大学院に行くための受験勉強をしていたら、それを見ていた荒木くんが

「何やっているの?」

と聞いてくるので

「修士に行きたいから勉強している。」

と答えると、それを聞いた荒木くんは

「就職したくないから、俺も修士に行ってみようかな。」

すると荒木くんが大学院を希望したために(なぜが進学理由が就職の回避という学生が多かったのには担当教授の予想外)、大学院の定員がぎりぎりで越えてしまった。私学だったので大学院の定員がとても厳しい。学部生の10%以下であった。結局は試験なんて関係なしに成績順で選んだようで(これは後で教授から聞いた)、自分は大学始まって以来の不合格となってしまった。だけど、落ちたおかげで周りがとても気を使ってくれたようで、2ヶ月ほど全く誰も話しかけないでそっとしておいてくれた。私はその間は就活もせずに卒研に注力したので、10月になってようやくぎりぎりで教授のコネで就職を決めたのであった。就職してから1年間は、自費の研究生として研究室には通っていたけど、転職だ何かかんやでやめてしまった。

さて、大学院に進んだ荒木くんはどうなったというと、そもまま要領よくうまく行ったようで、年2回の学会への論文提出などのノルマを果たして、某有名メーカーに就職できましたとさ。就職してからは荒木くんがどうなったかは知らないけど。

息子にはこのくらいの要領がよくなといけないと言っておいた。カンニングとかレポートまるコピペはダメだけどさ。

でも、考えてみると、そのまま大学院に行ったら、今の自分はなかったと思う。今は今の生活は満足している。これについては、大学院への進路を阻止してくれた荒木くんには感謝しなければいけないと思った。

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